アンチコメントの快感に魅了される人の心理を分析! |『正義』が狂気に代わる人への対策法

SNSを利用していると、批判コメントによる炎上に頭を悩ませる人をよく目にします。

フォロワーさんが多い方は、基本的にアンチコメントに悩まされている印象です。

アンチコメントというのは、第三者から見てもあまり気分がよくないと感じるのではないでしょうか。

なぜ、SNSではこういた批判コメントが絶えないのでしょうか。

今回は、批判コメントに繋がる心理について分析してみました。

日本人は『承認欲求民族』

日本人は承認欲求民

日本のTwitter利用者は4,500万人います。

世界利用者でいうと1/4の数ですが、英語圏のユーザー数よりは少ない数です。

しかし、 そのツイート数というのは、英語でツイートされた数よりも、日本語のツイート数のほうが断然多いんです。

『礼儀』や『たてまえ』のように、謙虚さが『美徳』とされてきた日本にとって、実名で本音を話すと、社会的信用を一気に失ってしまう不安があります。

そんな日本でも、匿名で本音を吐露できるTwitterのようなSNSはとても都合がいいツールなのでしょう。

そんな美徳が求められることに息苦しさを感じ、SNSを掃き溜めにしている人が多いようにも感じられます。

また、日本人のSNS利用者が多い理由には、その機能面にあります。

一つは、『いいね』や『フォロー』など、簡単にツイートやアカウントに評価してもらえる点です。

SNSの評価で感じる高揚感は、会社で昇進したときや、評価をされた時と同じくらいの快楽を感じることが脳科学的にも実証されています。

つまり、SNSは承認欲求を手軽に満たしてくれるツールになるのです。

もう一つ、SNSが流行る理由は、投稿する文字数に限りがあるという点です。

じっくり考えた言葉というよりは、その時の感情や思いを瞬時に発信することになります。

普通であれば、伝え方をオブラートに包んだり、謙虚な姿勢になるように言い方を考えるものですが、

SNSでは、その時の感情を瞬時に発信するため、言葉のオブラート化がない、『思考の手間』を省いた感情を発信できる手軽さがあります。

そのため、『いいね』してもらいたい欲が先だってしまい、過激な発言や行動につながってしまう可能性が高いのです。

最近では、コンビニ店員がアイスボックスに入った投稿をしたり、飲食店で不衛生な行動を面白がってSNSに投稿したニュースがありましたね。

よく考えれば、いけない行為だとわかるはずです。

しかし、彼らは社会的な制裁をうける可能性があったにも関わらず、このような不謹慎な行動をとってしまいます。

これは、理性を忘れるほど、承認欲求を満たした時の快楽度合いが大きいことが要因なのです。

ストレスがなければ、刺激的な快楽は必要ない

過剰な行動で満たされる快楽というのは、ストレスが要因だといわれています。

それを調べた実験が、『ラットパーク実験』と呼ばれるものです。

『ラットパーク実験』

まず、マウスを2つのグループに分け、一つは狭い空間に一匹だけのマウスをいれます。

もう一つは、広い空間に、遊ぶ道具を沢山いれ、オス・メス混合で数匹入れておきます。

そこに、飲むと脳に快楽ホルモンがでるようなモルヒネ入りの水を入れておきます。

すると、狭い空間に一匹だけのマウスは、水をどんどん飲むようになったのに対し、もう片方の広い空間のマウスたちは、水をまったく飲まなかったのです。

つまり、ストレス環境にいたマウスは、それらを発散するために、薬物による刺激を求めたのですが、ストレスがないマウスは薬物による快楽を求めなかったという結果になりました。

この実験からもわかるように、普段とりわけ大きなストレスを抱えていなければ、特別なことで快楽を求めるという欲は抑えられます。

しかし、何か強いストレスを感じ、それが続いた精神状態の場合、それらを発散するために強い刺激を求めてしまう可能性があるのです。

だれもが持っている『妬み』の感情

だれもが持っている『妬み』の感情

なんであの人あんなに仕事ができるんだろう。

なぜあの人が素敵な人と付き合えたんだろう。

あなたも、職場やプライベートで、誰かをうらやましいと思ったことは無いでしょうか。

人間は、基本的にだれもが『妬み(ねたみ)』の感情を抱く生き物です。

一般的には、妬みの感情は『恥ずかしいこと』として認識されているので、表に出さず隠しておく人が多い感情です。

しかし、この妬み感情は、良い性質のものと、悪い性質のものに分かれています。

たとえば、『良い妬み』は、

あの人も成果を出せたんだから、自分も頑張れば成功出来る!

あんなに努力できることが素晴らしい!自分も見習おう!

このように、自分もいつかそうなるんだという気持ちに変換し、自分を向上することができます。

反対に、『悪い妬み』は、

なんであんな人が評価されてるの?どうせゴマすったんでしょ。

容姿がいいだけであんなに評価されてるんだ。中身は大したことは無い。

このように、悪いウワサを流したり、批判したりして、自分の地位よりも下に引きずりおろしたいという感情です。

これは、承認欲求*の裏返しでもあり、

自分がこれだけ頑張っているのに、なぜ他のひとばかり評価されているんだ!

と、承認欲求が満たされない感情から生まれる行動になります。

しかし、『人の評価を落とす』行為は、仕返しされる、もしくは逆に周囲から批判されるというリスクがあります。

にも関わらず、このような行為を行ってしまう人が多いのは事実です。

なぜ、人は自分にリスクが生じる可能性があるにも関わらず、誰かをおとしめるような行動をしてしまうのでしょうか。

『正義』と思い込んだ行動で、人は快楽を感じる

『正義』と思い込んだ行動で、人は快楽を感じる

人は自分が正しい行動をした思う時に、脳内に快楽ホルモンが分泌されています。

努力した行動が成果になったときや、人の役にたつような、正しい行動をしたと感じたとき、感謝されたときなどがこれにあてはまります。

しかし、実はだれかを傷つけているにもかかわらず、自分が『正しい』と感じている行った行為にも、『正義』の制裁として快楽を感じてしまうのです。

たとえば、会社やスポーツ団体で突然頭角を現した人が、周囲の嫉妬から批判の対象にされてしまう事例があてはまります。

「なぜ、一人だけ得をするような行動をするのか。」

この感情により、集団の中で目立つ人ははみ出し者として扱われるのです。

『出る杭は打たれる』

ということわざにもありますが、これには日本社会が築いてきた『組織』や『集団』の歴史が大きくかかわっています。

人間は、自分が所属しているグループを一番だと感じ、無意識にその平穏を守ろうという心理が働きます。

しかし、厄介なことに、その所属グループに危機を及ぼそうとする人がいると、『集団の中のはみ出し者』として排除しなければいけないという心理も働きます。

その時うまれるのが、偏った『正義』の心です。

人を傷つけることは悪いことだとおもっていても、『所属する集団を守る行為』という名目であれば、『正しい行為』に変わってしまうのです。

手段がどんなに残忍であろうと、『正義のヒーローとしての制裁』は、快楽ホルモンを分泌します。

客観的にみれば異常な行為も、集団の中ではこのような心理になってしまう危険性があるんです。

自分は人のために役に立っている。

私の正義で社会がすくわれている。

この感覚に依存してしまうと、『正義の制裁』中毒になってしまい、だれかれ構わず獲物を探しては、「社会の敵だ!」とつるし上げてしまうのです。

『日本人×Twitter』はアンチが起きやすい

『日本人×Twitter』はアンチが起きやすい

日本人は心配症な人が多く、新しいことや挑戦に不安や恐怖を感じます。

その為、海外と比較しても投資や起業に対して臆病な人が多く、実行に移す人はかなり少ないんです。

また、人は決断するとき、できるだけ簡単な選択肢を選ぶ心理が働きます。

これまでのやり方が正しいと主張すれば、新しいことへの不安を解消できますし、大多数の意見にのっかるだけなので考える手間が省けるのです。

そんな中、一人でも『得をしている人』『常識破りの革新者』のように目立つ人がいると、それを『不謹慎』をとらえ、排除しようという心理が働きます。

これは、目立つ人を肯定してしまうと、集団全体を『不謹慎』と認めてしまうことになるからです。

集団社会性が強い日本では、このような人を叩くという文化が染みついているんです。

ビジネス界でいうと『西野亮廣』さんが顕著ではないでしょうか。

お笑い芸人でありながら、これまでの芸人としての活動枠を超えたビジネスを行ったり、型破りな絵本ビジネスに挑んだりし、バッシングを強く受けていました。

『西野』さんがこれまでの常識を超えた行動をしているのに対し、世間は『伝統』を重んじ、

「本来はこうあるべきだ!」

「お前だけはみ出すな!」

と、叩き続けたのです。

ところが、『西野』さんは常識破りの新しい手法で成功をおさめ、今や昔ながらのルールやしきたりに疑問を持つ人が増えています。

また、Twitterでも、この『不謹慎者』叩きがよくみられます。

SNSでは承認欲求を手軽に解消することが出来ます。

その欲求が『不謹慎者』叩き、つまり偽りの『正義の制裁』という形で、誹謗中傷に繋がるのです。

この『正義』を振りかざしている本人は、

「自分の行為は弱者みんなの為だ」

と、人のためになる行為をしていると感じています。

この時脳内にだされる快楽ホルモンは、自分に降りかかるリスクを考えるよりも強いので、とても中毒性が高いのです。

さらに、Twitterの情報はその手軽さゆえ、瞬く間に拡散されていきます。

『この人はルール違反者です!』

『間違ったことをした人です!』

一人ターゲットが決まると、必然と野次馬のように人が群がります。

そして、その人の行動が正しい、正しくないに関係なく、集まった人達も多数派の側になってターゲットを叩く快楽に浸ってしまう恐れがあります。

たとえ途中で、「こちら側が間違っているんじゃないか」と思っても、群れを抜ければ今度は自分がターゲット側になると本能でわかっています。

そのため、面倒を避けるために、自分の選択肢を変えることなく、多数派の『正義』に便乗してしまうのです。

これは、学校やママ友、会社でも簡単になり得る現象です。

しかし、TwitterなどのSNSでは、その対象がまったく関係のない第三者のユーザー全員であり、想像で根拠がない理由で攻撃することが出来る為、ターゲットにされやすいんです。

人間というのは、発言に対する心理を正確に理解するよりも、誰かの為を思った制裁を与える行為のほうが、より快感に感じるのです。

アンチに対抗することは、相手の承認欲求を満たすこと

アンチに対抗することは、相手の承認欲求を満たすこと

ここまで、脳の心理からアンチコメントが起きる理由についてお伝えしてきました。

だれだって、批判されると傷つきます。

でも、残念ながら、あなたの周りに100人いたら、全員が味方である可能性はほぼありません。

大切なのは、自分を思ってくれている人のことだけに目を向けて、無駄な労力を使わないことです。

あなたがアンチに反抗すればするほど、相手の承認欲求だけ満たされ、あなたの時間と精神はすり減っていきます。

自分の過失に気が付かされるものであれば、真摯にうけとめるべきですが、そのほかの『承認欲求ジャンキー』と化したアンチには労力を使わないのが賢明です。

あなたの行動や発信した情報は、誰のためにあるものですか?

その本質をしっかり認識し、自分を行動を信じて頑張ってくださいね:)

ではでは!

アンチコメントの快感に魅了される人の心理
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